『講演会のご案内』
平成23年度 福岡難病相談・支援センター講演会


テーマ「難病のセルフヘルプグループとピアサポートについて」

日時:平成24年2月4日(土)14:00〜16:00
場所:クローバープラザ508研修室
   (福岡県春日市原町3丁目1番7号)
対象者:難病がある方、その家族、支援関係者など
参加費:無料(事前に申し込みが必要です)
内容:基調講演
   「難病のセルフヘルプグループについて」
        富山大学人文学部 准教授 伊藤 智樹 氏
    
   「ベーチェット病友の会 福岡県支部におけるとりくみ」
        ベーチェット病友の会 福岡県支部 
                 支部長 大本 律子 氏


講師 プロフィール

伊藤智樹先生(富山大学人文学部 准教授)
専攻は医療社会学で、人間が病をどう意味づけ、解釈し、どんな言葉で表しているのかを研究対象とする「病の語り(illness narrative)」という領域を研究しています。          
難病の患者団体は、知識や情報を交換する場であると同時に、参加者が現状に至るまでの過程をたどり、イメージを前向きなものに変えていく自己物語を形成し、語り合う場です。
 回復が難しい病気だからこそ、狭い範囲での医療ではなく、私のような社会学の研究者を含めて、さまざまな立場の人が知恵を出し合い、解決することが求められているのだと思います。
(まねきねこ第23号より ファイザー株式会社発行)


※参加ご希望の方は、平成24年1月31日までに、
下記申込み先へ、お電話にてお申し込みください。
尚、メール、FAXによる申し込みは、氏名と電話番号を明記してください。


<申込み・お問い合わせ先>
福岡県難病相談・支援センター
福岡市東区馬出 3-1-1 九州大学医学部神経内科内
電話:092−643−8292 FAX:092−643−1389
E メール nanbyou2@neuro.med.kyushu-u.ac.jp
【2012/01/08 12:34】 お知らせ,行事 | コメント(0) |
『クローン病:体験談』
=== クローン病 ===
狭窄がある時のレミケード治療と
        小腸バルーン拡張術


 私は、19歳で発病し病歴28年のクローン病患者です。
病気の説明は皆さん詳しいので、省略させてもらいます。
難病ゆえに治癒する訳ではないので、「一病息災」というように優しく付き合っていかなければ
なりません。

 「異形細胞よ!わたしの中から生まれて来たものよ!おまえはわたしが死ねば無くなってしまうのだから どうかこのまま静かにしていておくれ!この先わたしとともに仲良く付き合って行こう 愛しい異形細胞よ!」

そうは言ってもこの28年入退院の繰り返しです。
そして入院する都度に私は会社を辞めています。

 20代後半(25年前位)の入院で、主治医に「もう普通どうりに食べることが出来なくなるよ」と言われました。
人間の欲望の一つである食欲。食べれないのは苦しいことです。
ショックです。
人間の欲望のひとつである食欲を抑えられるのは辛く、自分はこのままでいいのかとすごく悩み、「いや、そんなはずはない!何か他に道があるはずだ!」と考えました。

 そして私は、福岡の先生の元を離れ、最新の医療を求め、兵庫医科大学病院に行くことにしたのです。
そこで、エレンタール療法を学び、又、食べる事が出来るようになりました。

 思うに、「人間前向きに生きていけば道は開けるのだ!」
・・・で、1回目の危機は乗り越えました。

 その後は、エレンタールを毎夜、在宅(鼻注)でやっていますが、慣れると不思議なもので朝起きたら終わっているって感じで、今ではそれほど苦痛にはならなくなりました。
それでもその後、この治療だけでは抑えられなくなり、狭窄も3箇所見つかり手術をしなければいけない状態になりました。
・・・2回目の危機です。

 その頃は、狭窄がある人へのレミケード治療は禁忌といわれていましたが、今は、さらに狭窄がひどくなるかもしれないというリスクはありますが投与可能になりました。私は、それを承知で受けることにしました。

 案の定、レミケード投与後狭窄はひどくなりました。
もう手術しかないのかと思っていたら「バルーン拡腸術」で腸を広げる治療があると聞きました。
レミケード治療で20センチの縦走潰瘍がよくなったあとが狭窄になった為、手術適応だと言われていたのですが、そこの所が「小腸バルーン拡腸術」で治療できることになったのです。

 今までに2回のバルーン拡腸術を行いました。

 「バルーン拡張術」は、痛み止めとボーッとなる薬を打って行ったため、痛くなくはっきり覚えていないまま終わりました。
手術より体への負担が少ないからとってもいい方法だと思います。
ただ、処置に時間がかかるのと、潰瘍が治る度に狭窄になり、バルーン拡腸術が必要になるかもしれない?という所がたまにきずです。

 かつて、レミケードはいろいろな治療を試した後の「最後の手段」として考えられていました。
しかし、腹痛や下痢が続き、血液検査で反応が陽性である場合には、腸の狭窄や内ろうがひどくなってしまう前にレミケード治療を開始するほうが望ましいようです。
クローン病と診断確定後、2年以内にレミケイド治療を受けられた人のほうが、再入院率は少ないとの報告があるとのことです。

 思えば、もっと早くここに来ていればよかったと思います。
それまで狭窄があるからレミケードができないということで、夜間エレンタールで頑張ってきました。
あのままだと狭窄部分がひどくなり、手術になるのは時間の問題だったと思います。
やはり、検査設備があり専門治療できるのところに通うべきだとつくづく思いました。

 何も食べられなかったときを思い起こせば今は食事制限があるとはいえ、食べられることの幸せを感じています。 

 仕事の方は、入院する度に会社をリストラされ、このご時世では就職活動も毎回断られてばかり。
「もう。俺を雇ってくれるところはないのだろうか…?」と、初めの頃はめげてばかりの日々でつらいものがあリました。面接してもどうせ受からないのだから元気も沸きません。

 そんな中、資格を取得し、会社を辞めても雇ってくれるよう努力しました。
この前、42歳で入院しリストラされましたが、再就職することができました。
今回も危ないかも知れませんが、がんばる所存です。
生きるために仕方がないことですが、努力を怠ってはいいこともないなって思います。

 ただ、病気を抱えて仕事をしていくということは、色々なストレスが病気の再発の誘因になってなかなか難しいことです。(なかにはがんばっている人もいますが・・・)
私の体験がお役に立てるかどうかわかりませんが、少しでもアドバイスが出来ればと思い、ボランティア活動をさせてもらっています。

皆が健康で、幸せになることが私の願いです。

「踏まれても 根ずよく いきよ梅の花
    やがて 花咲く 春もきたらん」

                   sy


【2011/11/29 17:31】 体験談 | コメント(0) |
『合同患者会報告(H23.7.9.)〜その3〜 つづき』
交流会で出た発言の中から、質疑応答を中心にまとめました。
ここでのやり取りは、個人の主観に基づいているものですので、その旨ご了承くださいませ!

〔交流会〕  略称 UC…潰瘍性大腸炎 CD…クローン病                 

UC・女性・・・全大腸型UCで、入院して絶食中。
同じ部屋の人のスプーンや箸の音が気になっていたが、段々周りの人が食べているメニューを聞けるようになった。入院することが悪いことと思っている自分に、看護師が体が要求しているから、入院を悪いことと思わなくていい、甘えなさいと言われ、気持ちが楽になった。必ずマラソンのようにゴールがあるから、自分のペースでいこう。

UC・女性・・・悪くなってきたらエレンタールを飲むといいのか?野球が好きだが、肩が痛む。病気のせいか?
ドクター・・・エレンタールは主にCDに対する成分栄養剤なので、UCでは病状が悪化した時以外、食事はあまり気にしなくてよい。肩の痛みに関しては、多発関節痛があるが、色々なところが痛くなるはずなので、右肩だけが痛い場合などは違うかも 。

UC女性・・・トイレ回数が多く、夜眠れなかったりする。
CD女性・・・どうしても、夜はトイレが多くなってしまう。寝る前2〜3時間は食べないとか、水分は少量ずつとるなどして、睡眠時間を確保する。お腹を冷やさない。下痢止めはあまり効かない気がする(個人体験)

UC家族・・・ストレスが気になる。求職中だが、環境の変化がストレスにならないか心配。ストレスがかからないようにどんな風に努力しているか?
UC男性・・・『ストレスとは、自分がストレスと思った時にストレスとなる』
例えば、書くことが苦手な人はそれがストレスとなるし、得意な方はストレスに思わない。
極端に言えば、ストレスは自分が決めるもの。
ストレスには、「気持ち切り替えスイッチ」を決めておくと効果的。例えば、自分は桃ジュースがリセットのスイッチ。絶食中であれば、シャワーを後頭部にあてると気持ちいいのでそれを「スイッチ」にしている。
ステロイドなど飲んでいると、情緒不安定になりやすいので周りの人は理解して欲しい。
悩むとき、夜だと考えが悪い方に膨らみやすいので、明るいときに考えるようにする。
家族も自分の楽しみの時間を大切に。患者といつも一緒に行動すると『ウツのダンスを踊ることになる』家族の気力が充実していれば、患者のよき支えとなる。

UC男性・・・トイレに何度も行くのは疲れる。再発したくないが、ストレスをためないことは難しい。一週間忙しいと疲れがたまるので、一日はゆっくり休養する日を作っている。
大腸がんが心配。大腸カメラは苦手。腫瘍マーカーで見てもらったりする。この病気は大腸がんになりやすい?
ドクター・・・確かにUCは病歴が長くなると大腸がんになる確率が上がる。
腫瘍マーカーはガン治療の効果を判定するために使用することが多い。特に大腸がん、胃がんに関してはある程度ガンが進行しないと出ない。定期的な大腸検査をお勧めします。

UC男性 ・・・大腸カメラが苦痛、麻酔をして大腸カメラをしたいが、どのようなリスクがあるか?
ドクター・・・鎮静剤を使うと呼吸抑制がくるので効きすぎると呼吸が止まることがある。血圧とかをモニターして行うので、すぐに対処は出来ると思うが、使うかどうかは病院のスタンス。主治医によく相談して。

CD女性・・・エレンタールが苦手で、冷たくして氷をいれて飲んでいるが、夏場はいいが、寒くなってくると、どうやって飲めばいいか?冷たいものを飲むとお腹も冷えるので・・・
CD男性・・・常温の水で溶いて飲んでいる。夏は冷たくして飲んでいる。冷たくしないと飲みづらい。以前からすると飲みやすくはなっている。早く飲むと下痢をする。飲みやすいフレーバーを見つける。ゼリーにしたりして取る。

UC女性・・・私の場合は劇症型で手遅れになる寸前までいったこともあった。すべての内科治療が効かなくなり、大腸全摘出を受けた。夜は20回位トイレに行って熟睡できず睡眠不足。
ステロイド性糖尿病、関節痛あり。今は仕事にドクターストップがかかったので国の制度を利用している。
色々制限されているが、生きられていることに、日々感謝!食べることトイレに行くこと、これは生きているということ。生きていることに感謝!! 苦労しなくては感謝は分からない。病気と向き合って『生きる』ことが、周りの人への恩返しになるのではと思う。
不幸ではなく、不便ですが、でもだからこそ毎日濃厚に生きさせてもらっている。仕事でもプライベートでも病気のことはありのまま話す。そうすることで、色々な人の話が聞ける。病気のデパートといわれるが、それも私の個性と思っている。
【2011/10/27 17:59】 体験談 | コメント(0) |
『合同患者会報告(H23.7.9.)〜その3〜 つづき』
 体験談〔クローン病 20代男性 Sさん〕
 
 僕は今、クローン歴11年位です。8週毎にレミケードを使っています。薬の効果は人それぞれだと思いますが、僕の場合は大体6週くらいで効果が薄くなってくるようなので、ステロイドと『 エリミネーションダイエット』で悪くなり過ぎないように調整しています。
 エリミネーションは、発症してすぐ、先生にこんな食事療法があるよと教えてもらいました。今でも続けています。

 『エリミネーションダイエット』とは、選択的食餌療法の意味で、自分にとって安全な食材をひとつずつ試して見つけていく方法です。

 最初は、お米だけを1週間食べ続けて調子が悪くならないか試しました。
次にお味噌を1週間、豆腐を1週間…そんな感じで少しずつ食材を増やしていきました。
 今では、その他に卵・たまねぎ・にんじん・キャベツ(葉の部分)・ピーマン・小麦粉・うどん・ささみ・ムネ身(皮は除く)・中華麺・鯛・白菜・ソース・ケチャップ・お酢(りんご酢)・サバ・鮭・油揚げ(油抜きしたもの)・大根・サトイモ・ジャガイモ・春雨・牛肉(赤身のみ)などが、自分にとって安全な食材だとわかりました。
 ただ、安全な食材でも調理法によっては、食べられる量が変わってきて、玉子焼きでは卵2個でも大丈夫だが、ゆで卵にすると2個食べるときつくなるなどです。

 自分の限界を知っておけば外食に行っても周りに遠慮させることなく食事ができます。薬の効果で体調のいいときでも、天ぷらやカツなどは衣をはずすなどして、少しでも身体にかかる負担を減らしたり、効果の薄れてくる残りの2週間や体調が良くないときには、最初に食べていたできるだけ自分の身体に安全な食事(ご飯・味噌汁・豆腐など)にしたりして様子を見たり調整したりしています。


≪会場のより質問≫ 
 
質問:体験談は前向きで、共感できる。初めから前向きだったのか?前向きになったきっかけは?
 
回答:Sさん…極端なようですが開き直りは必要。出来るこ
   とを探す。出来たら嬉しい。例えば、自分であれば、
   新しい食材を探す。食べられる物を探す。

   Yさん…落ち込んだ時もある。子どもが2歳のころそ
   ういうことがあった。心配されるのが嫌で、誰の
   言葉もアドバイスも受け入れたくなかった。夫がテ
   レビをみて笑っているのも、なぜ笑っているのかと
   イライラした。自分が笑うのも許せなかった。
   しかし、子どもまでが笑わなくなっていることに気付
   き怖くなった。自分自身が変わろうと思わなければ、
   何も変わらないということに気付いた。1年以上か
   かった。変わるきっかけが必要。
【2011/10/27 01:53】 体験談 | コメント(0) |
『合同患者会報告(H23.7.9.)〜その3〜』
患者会報告の続きです!2名の方の体験談の後、参加者みんなで交流会をしました。

体験談と交流会  
「病気と上手につき合う方法」
  〜今!聞きたいこと・聞いてもらいたいこと


 体験談〔クローン病 40代女性 Yさん〕

 私が発病したのは10歳の頃。今から30数年前の事なのでドクターの間でさえ認識は低く、クローン病と診断がつくまで、2年かかりました。初めは倦怠感・微熱が続き、痩せていくのに病名が判りませんでした。難治性の痔瘻ができた事でやっとクローン病だと診断がつきました。
 
 難治性の痔瘻を治す為に小6の夏から1年半の間、人工肛門(ストーマ)を開けたのですが、学校では音や臭いが気になり毎日ヒヤヒヤしながら過ごしました。突然音が出てしまうので、もうごまかすしかありません。
 
 中1の研修旅行では、大きめのブルマーでストーマの袋を隠したり、夜は一旦家へ帰ったり、ウオークラリーではゴール地点のタイムキーパーなどをして参加できる部分だけ参加しました。
 中3の修学旅行では、食堂の方にうどんやお粥を作っていただくようお願いしておいたり、エレンタールを作る場所を借りたりして食事の問題をクリアし、あとはみんなと同じように参加しました。
 中学時代、一番困ったのはお弁当の時間で、エレンタールだけしか飲めない間は嫌な時間でした。
特に「どうして食べれないの?」と聞かれることが苦痛で、心では『食べれんもんは食べれんのよ!!』と反抗していました。ただ、一緒に食べようと言ってくれる友達がいたので、お互いに慣れれば大丈夫になりました。
 
 高校時代は再燃もせず、朝・夕の食事前にエレンタールを600cc飲む以外は普通の生活が出来ました。部活動にも参加し当時流行っていたバンド活動などもやりました。
 
 看護学校に通い出すとストレスがかかる事が多くなったせいか、一年に2回位入院し1ヶ月間の絶食・IVH生活を繰り返すようになりました。ただ、病院付属の看護学校だったので、入院中に試験があれば点滴スタンドを押して試験を受けに行ったり、春休みに実習の補講をしたり、便宜をはかって頂くことができ、何とか卒業出来ました。
看護師として働き出してからは、たかがはずれたように寝る間も惜しんで遊び捲りました。周りからうるさく言われなくなった反面、自己責任の世界ですから無理をして遊んだツケは腹痛となって返ってきましたが、私が寝てる間にみんなは楽しい事をしていると思うとくやしくてたまらず、少し調子が良くなると、また遊びに出掛けていました。
 ・・・その甲斐あってか、今の主人と出会い、めでたく寿退職・出産に至った訳です。
結婚してからも遊び癖は治らず、在宅IVHの時は点滴をリュックに詰めて居酒屋やスキー旅行に出掛けたり、夜間鼻注《鼻から管を入れてエレンタールゆっくり入れる》をしながら大阪まで運転したり・・・。ただ、楽しい事を逃したくないという欲張りな性格がゆえに、とんでもない無茶をしてきたなーと反省しつつも今では懐かしく思います。

 『病は気から』と言う言葉は「気持ちがどうあれ、どうにもならないことはどうにもならない!」と思ってキライでしたが、若気の至りが去った今、あの欲張りな気持ちがなかったらあそこまで楽しめなかったなと、今ではその言葉の深い意味を素直に受け止められるようになりました。
 今でもあまり性格は変わりませんが、何事もやる前からあきらめるのではなく、『やる』事を前提に未来の『やれた』時の自分を想像し、そこから逆算して色々な事を工夫していく。私の頭の中はいつのまにかそんな考え方をする癖がついてしまっていたようです。
 
 どうしても自分ひとりで無理な事は周りに手伝ってもらうことは大いに「あり」だと思います。
【2011/10/27 01:18】 体験談 | コメント(0) |
| ホーム | 次ページ